日本の建国は、なぜ神話時代までさかのぼらなければならないのか① ~「建国記念の日」の謎~

日本の建国は、なぜ神話時代までさかのぼらなければならないのか① ~「建国記念の日」の謎~

建国記念日と建国記念の日

「建国記念の日」といえば2月11日。国民の祝日ですね。
この日を「建国記念日」と思っている人も多いですが、これは間違いです。
「建国記念日」ではなく、正式には「建国記念日」。
」が入るのがポイントです。

なぜわざわざ「建国記念の日」という表記にしているのでしょうか。
理由は、日本が建国された日が確定できないからです。

いま現在、日本という国が存在し、私たちはそこに暮らしています。
でもこの国がいつできたのかはっきりわからないなんて、不思議ですよね。
これはいったい、どういうことなのでしょうか。

日本の歴史は天皇の歴史

日本は遠い昔から天皇という存在がおさめてきた国です。
天皇は万世一系、途切れることなく令和の現在まで126代も続いてきた、ということになっています。
その初代が神武じんむ天皇です。

神武天皇
神武天皇(月岡芳年『大日本名将鑑』より)

神武天皇が初代天皇として即位した日が2月11日とされています。この日は、明治時代には「紀元節きげんせつ」とよばれていました。
紀元節は敗戦から3年後の1948年に一度廃止されましたが、1966年にあらためて国民の祝日である「建国記念の日」と定められました。

あらたに建国記念日を制定するにあたっては、過去のような過ちを再び犯す国になってはいけない、ということで、さまざまな意見が激しく飛び交いました。日本国憲法が施行された5月3日や、サンフランシスコ講和条約が発効した4月28日、聖徳太子の十七条憲法が制定されたとされる4月3日にするなどの案も出されました。

しかし結果的に、今までどおり神武天皇が初代天皇に即位したとされる2月11日に定めることとし、そのかわり「建国記念の日」と「の」を入れることで、「建国された日を祝う」のではなく、「建国されたという事を記念する日」という意味合いを持たせることで決着しました。

当時の首相・佐藤栄作は「建国記念の日」について以下のように述べたそうです。

建国をしのび、国を愛し、国の発展を期するという、国民等しく抱いているその感情を率直に認めて、そしてこの日を定めようとするものであります。

さて、神武天皇の即位日は『日本書紀』に書かれていますが、もちろん西暦で表記されているわけではありません。

辛酉年春正月 庚辰朔 天皇即帝位於橿原宮
— 『日本書紀』卷第三、神武紀

辛酉かのととり年1月1日、橿原宮かしはらのみやで初代天皇として即位した

と『日本書紀』に書かれていますが、辛酉年1月1日を西暦(現在使われているグレゴリオ暦)に換算すると紀元前660年2月11日となり、この日を「建国記念の日」に定めているのです。

橿原神宮
橿原神宮

世界各国の「建国記念日」に比べて地味な日本の「建国記念の日」

さて、この「建国記念の日」ですが、みなさんは毎年どのように過ごしていますか?

ほとんどの人が、ほかの祝日と同じように過ごしているのではないでしょうか。
「建国記念の日」だから日本建国を祝って何か特別なイベントに参加する、というようなことはあまりないですよね。

ところが世界に目を向ければ事情はまったく異なります。
世界の国々にももちろん建国記念日はあります。

アメリカ合衆国は7月4日ですね。
オリバー・ストーン監督の『7月4日に生まれて』(1989年)という映画があります。アメリカ人にとって真の愛国心とは何か、をテーマにした映画です。ベトナム戦争で負傷し、英雄に祭り上げられながらも、愛国心があるからこそやがて戦争に反対するようになる主人公をトム・クルーズが演じていました。


アメリカは独立戦争の果てにイギリスから独立を勝ちとり、1776年7月4日にアメリカ独立宣言を公布しました。
この独立記念日はアメリカでは感謝祭などと並び一番大きな国民の祝日に数えられています。
各地でこの日を祝うイベントがおこなわれ、街には星条旗と人があふれます。盛大に花火も打ち上げられ、アメリカ中がお祭り騒ぎです。

これに比べて、日本の「建国記念の日」の地味なこと。
日本では建国を記念して祝う日は盛り上がりません。
しかし、海外のハロウィンというお祭りを楽しむために、10月31日は街に仮装した人があふれ、口々に「ハッピーハロウィン」と叫びあう、という不思議な光景が見られます。

通常は独立や革命、統合などによって新しい国家が成立した日が建国記念日に定められています。
第二次世界大戦が終結したあたりで、アジアやアフリカからたくさんの国が独立しました。

日本の隣国の大韓民国や朝鮮民主主義人民共和国、中華人民共和国なども第二次世界大戦後に建国された国です。
大韓民国では日本の終戦記念日である8月15日を「光復節」と呼び、大日本帝国の統治から独立したこと記念しています。光復節は韓国各地でイベントが催され、たくさんの人が参加しています。しかしこの日は反日デモも盛んにおこなわれるので、日本人が旅行に行って韓国人と光復節を一緒に祝う、という空気にはなかなかなりそうにありません。

フランスの建国記念日は7月14日、「パリ祭」として有名ですね。
1789年のこの日、バスティーユ監獄の襲撃によってフランス革命の火ぶたが切られました。多くの血が流れた革命を記念する日でもあるのです。

フランスのお隣のドイツは10月3日が建国記念日です。1990年の10月3日、戦争で分断されていた東西のドイツがようやく統一しました。

「バスティーユの襲撃」(ジャン=ピエール・ウーエル画)

ちなみに「建国記念日」がない国もあります。
どこの国かご存じですか?
意外なことにイギリス(UK)なんです。
日本とはまた事情が異なりますが、イギリスも歴史的に国家が成立した日を定義するのが難しい国のようです。
現在のイギリス王室の祖であるノルマン人がイングランドを征服し、ノルマン朝を開いた1066年の12月25日。この日をイギリスの始まりだと考える人もいるようです。しかし、統合など国として成立していった事情が複雑なため、建国の日がはっきりせず、国として建国記念日が定められていません。

そんなイギリスですが、かつては「太陽の沈まない国」と呼ばれ、世界各地に植民地を持っていました。
第二次世界大戦後、アジアやアフリカからたくさんの国が独立しましたが、イギリスの植民地からも大量に独立していきました。
イギリスからは63カ国が独立したそうです。これは世界一の多さです。ちなみに第二位はフランスの28カ国なので、イギリスがいかに多いかわかりますね。6日に1回は世界のどこかの国でイギリスからの独立が祝われているということですから。

なぜアメリカ人は独立記念日に熱狂するのか

それにしてもアメリカでは、なぜあんなにも派手に独立記念日を祝うのでしょうか。

それはアメリカが移民によって作られた新しい国だからです。
アメリカにはもともとネイティブ・アメリカンが住んでいました。
イギリスやヨーロッパ各地から新天地を求めて移住した人々は、先住民であるネイティブ・アメリカンの土地を浸食し、領土を広げていきました。

アメリカは移民の国。さまざまな人種や民族が入り乱れていることから、今もアメリカは民族のるつぼといわれています。
アメリカ人には民族的なアイデンティティがないのです。
しかし、一つの国に住む同じアメリカ人としてまとまるためには、自分たちのアイデンティティを確立しなくてはならない。
そこでアメリカ合衆国という自分たちの国に誇りを持ち、愛国を誓うことで、アメリカ人としてのアイデンティティを確立していったのです。
アメリカ独立記念日こそ、アメリカ人のアイデンティティの原点といえるのです。
だから他国よりもアメリカ人は独立記念日を盛大に祝うのでしょう。それがアイデンティティの証となるのです。

アメリカは単一民族国家ではありません。民族も人種もばらばらです。
アメリカ国民としてアイデンティティを持つためには、愛国心、そして聖書(キリスト教)が大切になってくるのです。

民族アイデンティティをあまり意識しない日本人

かたや日本はどうでしょう。
日本人ははるか昔から日本列島の島国にずっと住んできました。日本には大和民族だけでなく琉球やアイヌなど、さまざまな民族がいるのですが、言語も見た目もほとんど同じ人種の集まりです。先祖代々日本人であることが当たり前の民族です。日本人であることが当たり前すぎて、日本人としてのアイデンティティを意識することすらないほどです。

このように見ていくと、日本人とアメリカ人の国家にたいする思いというものの違いがよくわかりますね。

日本人はずっと日本列島に住んでいて、古代から日本はずっと日本だった。
じつはこの日本人にとって当たり前の事実が、日本という国を知るうえでとても重要な事なのです。

しかしです。
古代からずっと、日本は日本であった、と書きましたが、古代、日本は倭国と呼ばれていました。
また和国や大和国とも表記されることがありました。

日本はずっと日本と言うけれど、国名が変わっているじゃないか。
そう思われる人もいるでしょう。

倭国から大和、そして日本へと変化する間になにがこの国に起こっていたのか。
なぜ日本の建国は神話時代にまでさかのぼらなければならないのか。

次回はこのあたりの事情についてもう少し掘り下げていきましょう。

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