外国人には奇妙な日本のマスク文化
新型コロナウイルスの蔓延で社会は大変なことになっています。
マスク需要も急激にたかまって、どこの店に行ってもマスクが売り切れ。なかなか手に入らず困っている人も多いのではないでしょうか。医療機関でもマスクが足りなくなっている異常事態です。
なんと、日本国内に10億枚あった在庫が一ヶ月もかからず全てなくなってしまったそうです。
このような緊急事態ですから、街ゆく人も、ほとんどがマスクをつけていますね。
しかしこうなる前から、日本人にはマスクを日常的に着用している人がたくさんいました。
いわゆる“衛生マスク”を日常的に着用する習慣があるのは日本人だけのようです。
病気でもないのにマスクをしている日本人は、外国人の目には奇異に映っています。
すっぴんを隠すためだったり、歯並びや容姿に自信の無い人が顔を隠すためだったり、口臭を気にしてだったり……その目的はさまざまです。
マスクがないと外出できないマスク依存症という病もあるようです。
とにかく日本では、衛生マスクは本来の目的からはずれ、多様な目的のために着用されるようになりました。
日本人にとって、マスクはもう必要不可欠なファッションアイテムの一つと言ってもよいでしょう。
しかしなぜ日本人はこんなにもマスクを好むようになったのでしょうか。
今回は古代日本人の習慣を振り返りつつ、この謎に迫っていきます。
マスクを定着させた100年前のパンデミック
1918年から1919年にかけてスペインかぜ(スペインインフルエンザ)のパンデミックが起こり、全世界で5億人がこのウイルスに感染、5000万人以上の人々が亡くなりました。
当時の全人類の3割がスペインかぜに感染したことになるそうです。
世界中の人々は予防や感染拡大防止のためマスクをしました。
日本人もこのときに本格的にマスクをするようになったようです。
その後、スペインかぜは収束し、世界中の人々はマスクをすることはなくなりました。
マスクの使用目的は、菌やウイルスをまき散らしたり吸ったりしないために病人や医療関係者が着用したり、有害な粉塵を吸い込まないために工場や採掘現場などで働く労働者がつけたりするものです。
しかし日本にだけ、日常的にマスクを着用する習慣が残ったのです。
日本では花粉症が国民病と言われるほどたくさんの人々を苦しめており、花粉予防のためにマスクをつけている人もいますが、日本の異常なマスク需要の高さはそれだけでは説明できません。
マスクは感情を隠す
当たり前のことですが、マスクをすると口元が隠れます。人間はこのことをひどく嫌います。というのも、口元を隠すと感情を読み取れなくなるからです。これは他者とのコミュニケーションを拒否していることにもつながり、人間関係に摩擦が生じるおそれがあるからです。
ところがなぜ、日本ではこれほどまでに口元を隠すマスク文化が広まったのでしょうか。
じつは日本人が口元を隠す習慣は古代からありました。
扇で顔を隠した平安時代の高貴な女性
昔から日本では、特に女性が笑うときに口元を隠すのは上品な行為だと考えられてきました。
いまでも笑うときに口に手をあてる人は多いですね。
ところが欧米にはこのような習慣はありません。というのも、欧米などでは会話中に手で口元を隠すのは、相手の口臭がきついというアピールにとられかねないからです。
最近では大口をあけて「がはは」と笑う日本人女性も増えましたが、昔は、特に上品な家ではそういったことははしたないことだと教えられ、厳ししつけられたものです。
この習慣はいつからはじまったのでしょうか。
口元を隠す、という行為の歴史は古く、平安時代の貴族文化までさかのぼることができます。
平安時代の高貴な女性たちは、いつも扇を持っていました。
熱い時にあおいで涼をとるためではありません。
それ以上の大事な目的……顔を隠すために扇を持ち歩いていたのです。
人と対面するときはもちろん、御殿の廊下を歩くときでさえも、常に扇を持ち歩き、顔を隠していました。
なぜ当時の高貴な女性たちはそんなに必死に顔を隠していたのでしょうか。
これにはきちんとした理由、しかも切実な理由がありました。
当時、貴族の女性は眉もつぶし、顔を白粉でまっしろに塗りたくっていました。まっしろな顔に、ちょんちょんと眉がある、それが当時の美しい顔だったのです。
笑うときも口を大きくあけて「ははは」と笑うことはなく、なるべく口をあけないように上品に「うふふ」と笑いました。
大きく笑ってしまうと顔に塗りたくった白粉がはげ落ちてしまいます。それは大変はしたなく、はずかしいことでした。
ちなみに、男性も口をあけて大声をだしたり、大笑いすることははしたないことだと考えられていました。あまり口をあけずに話すようになり、そこからいわゆる「おじゃる言葉」がうまれたと言われています。
また、昔から神道では儀式の時に口に榊の葉をくわえます。これは穢れた息がご神体にかからないようにするためです。
日本人は口元にたいして穢れのイメージをもっていたのでしょうか。食事をとるときも欧米のように談笑しながら食べず、静かに食べる方がお行儀が良いとされてきました。
“目”から感情を読み取る日本人
“目は口ほどに物を言う”ということわざがあるように、日本人は相手の目から感情を読み取ろうとします。
口よりも目の方が感情を隠しにくいものです。
日本人は感情を表にださない人が多く、口よりも目から本心を読み取るようになりました。
だからなのか、日本のアニメ・キャラクターなどは目が大きく描かれたものが多いです。
目の表現で感情を豊かにあらわしているのです。
対して欧米のアニメキャラクターは口が大きく描かれることが多いです。
日本のヒーローは口元を隠し、欧米のヒーローは目を隠す
相手の感情を読み取るのに“目”を重視するのか“口元”を重視するのか、この日本と欧米の違いはヒーローにも現れています。
正体を隠し、つまり顔を隠して戦う正義のヒーローですが、日本のヒーローは口元を隠すものも多いです。
これは欧米のヒーローにはほとんど存在しない特徴です。
欧米のヒーローは、目を隠しているものが圧倒的に多いです。
この違いには、日本人が感情表現をあまりせず、相手の目から感情を読み取るのにたいし、欧米人は口で積極的に感情を表現するという大きな差が現れています。
また、欧米人は日本人と比べると日常的にサングラスを着用している人が多いです。これは青い目の欧米人は目の色素が薄く、日差しから目を守るためだとされています。しかし日本人と欧米人で目の色素の差があるとはいえ、日本人の方が圧倒的にサングラスを日常的にかけている人は少ないのはなぜでしょう。
それは、日本人は欧米人と違い、目を隠されると相手が何を考えているのか、いったいどんな人なのかわからなくなり、不安感や恐怖感を抱いてしまうからです。
そういえば、見るからに怖そうな人って、よくサングラスをしていますよね。
口を隠すのは悪人?
欧米のヒーローは目を隠すというお話をしましたが、欧米のヒーローものの映画などには、口を隠す人たちも登場します。
それはほとんどの場合、悪人です。昔の西部劇映画などで悪役がスカーフやマフラーのようなものでさっと口元を隠して強盗におよぶ、というシーンを見かけたりします。つまり、悪人は口を隠すのです。
欧米人には、口元を隠しているのは、正体を隠そうとしている悪い人、というイメージがあるのです。
だからマスクをして感情を見せないようにする日本人が奇異に映るのです。
サングラスで目を隠している人に不安感を抱く日本人とは正反対ですね。
マスクも日本の文化
日本のマスク文化は批判されることもあります。
しかし、欧米ではそのような習慣がないから日本のマスク文化は間違っている、と決めつけてよいわけがありません。
なぜ日本人は口元を隠したがるのか……
ここまでご説明してきたように、海外から奇妙におもわれている日本のマスク文化ですが、そこには古代からつづく日本人の文化的な背景が隠されているのです。
世界にはさまざまな文化があります。どの文化が正しくてどの文化は間違っている、この文化は正義で、あの文化は悪だ、なんて決めつけて良いわけがありません。
それぞれの文化には、それぞれの成り立ちがあります。そこには民族のアイデンティティがあるのです。
私たちの文化は良いけど彼らの文化は野蛮だ、なんて決めつけてはいけないのです。
外国の人々に批判されようが、口元を隠すのも日本文化のひとつです。文化的背景を理解した上で、街ゆくマスク姿の人々をみると、また違った見え方がするのではないでしょうか。
マスク文化ひとつとっても、そこには日本の精神性が隠されているのです。