天皇のことをほとんど知らない日本人
世界と比べて、日本という国にはどのような特徴があると思いますか。
世界にはない日本独自の特徴に、天皇がいるということがあげられます。
日本には昔から天皇がいるというのは日本人なら誰もが知っていますよね。
でも、天皇についてうまく説明できる人はとても少ないでしょう。
子どもから天皇について聞かれたとき、しっかり教えることができますか?
外国人から天皇ってどんな存在か聞かれて、うまく説明できますか?
日本人なのに、日本の天皇ことをほとんど何も知らない……そういう人は結構多いようです。
日本国憲法には天皇は「日本国の象徴であり国民統合の象徴」であると書かれています。
象徴とはどういうことなのでしょう。
そもそも天皇はいつからこの国に存在しているのでしょうか?
なぜ日本には天皇という存在が生まれたのでしょう。
中国には皇帝という存在がいましたが、皇帝と天皇はどう違うのでしょう。
天皇についてあらためて考えてみると、いろいろと疑問がわいてくると思います。
ということで、今回のテーマは天皇です。
天皇とはいったい何なのか、その謎と正体に迫っていきましょう。
世界最古の歴史をもつ天皇家
天皇とは何なのか。
それを知るにはまず『古事記』や『日本書紀』に書かれている日本の神話を知らなければなりません。
日本神話によると、天皇の祖先は天照大神だとされています。
天照大神は太陽神です。その天照大神の孫のニニギノミコトが天孫降臨、つまり天から地上に降りてきました。
それから時が経ち、ニニギノミコトの子孫であるイワレヒコが、生まれ育った日向(宮崎)から東へ旅立ち、最終的に大和(奈良)の橿原に落ち着きました。そこで初代の天皇に即位し、後に神武天皇と呼ばれるようになりました。この一連の説話を神武東征と呼びます。
初代神武から数えて126代目の子孫とされるのが現在の天皇陛下です。
初代神武が即位したのが紀元前660年とされていますから、天皇家は2600年以上の歴史があるということです。
これが事実ならもちろん世界最古の王家です。
世界には196カ国もの国があります。そのなかでいわゆる王様のような人が統治している国は28カ国。日本も君主制をしく28カ国のひとつですが、その中でも群を抜いて長い歴史があります。
第2位の歴史を持つ王室はデンマーク王室で、936年のゴーム王即位からはじまります。およそ1100年の歴史ですね。
第3位はイギリス王室で、1066年のノルマンディー公ウィリアムによるノルマンディー公国がその始まりとされています。およそ1000年の歴史です。
天皇家はそれらよりさらに1000年も長いのです。日本の天皇家がいかに長い歴史をもつか、おわかりいただけるかと思います。
王家以外で世界で一番古い家系はどこの誰のものかご存じでしょうか。
中国の孔子の家系が世界で最も長く記録されているものとして知られています。
孔子が生まれたのが紀元前552年ですから、こちらも2600年近い歴史があるのですね。
孔子のお墓は中国山東省の孔林というところにありますが、そこには10万をこえる孔子の子孫の墓碑が散在しているそうです。
神話時代から続く唯一の国
はじめに日本神話のお話をしましたが、世界各地にも神話が存在しています。
古代ギリシアやローマ神話、エジプトやケルト、メソポタミア、インドや中国、アフリカやハワイなど、各地でさまざまな神話が現代まで語り継がれています。
そもそも神話には、王朝による支配を正当化する役割もありました。
王は神の子孫や神の化身であるから、支配する権利がある、というわけですね。
エジプト神話などがまさしくそうでしょう。王であるファラオは太陽神ラーの子孫とされていました。古代エジプトや古代メソポタミアのように、神話と密接な関係のある王権は世界中にありました。しかしそのほとんど全ての王家が今は滅んでしまい、神話だけが残されることになりました。
しかし、たった一つの例外がありますーー
それこそが日本の皇室なのです。
日本の皇室は世界最古の歴史を有するとすでに説明しましたが、それだけではありません。
日本は神話時代からつづく世界で唯一の国なのです。
皇室の歴史をずっとさかのぼると、神話時代に突入してしまうのですから。
神話時代と歴史時代がつながり、さらに現在にまでいたる国は日本以外には存在しません。
歴史的に見ても世界最古の王朝である天皇家
「日本の皇室が世界最古の歴史を持っている」言われても、はいそうですか、と簡単に納得しかねる人もいることでしょう。
というのも、初代神武天皇はもちろん、初期の天皇はその実在性が疑問視されているからです。
実在が確実視され、なおかつ現在の天皇陛下に血統が直接つながっているとされているのが第26代継体天皇です。
継体天皇は先代の第25代武烈天皇とは血統が遠縁です。そのため、それまでの王朝と違う王朝が継体天皇から始まったのではないかとも言われています。
武烈天皇は子孫を残さず崩御しました。そのため、それまでの血統が遠かった継体天皇が有力豪族の推戴をうけて507年に天皇に即位しました。
この507年の継体天皇の即位以降、王朝が交代したという事実はありません。
皇室は、継体天皇から数えても1500年以上もの歴史があります。
つまり継体天皇から数えても世界最古の歴史を有しているのです。
皇帝と王の違いとは
「天皇」は日本独自の元首をあらわす言葉です。
この天皇という言葉は、国内的には神の子孫を意味し、国際的には中国の皇帝と対等な地位であることを宣言する呼称でもあります。
天皇について話を進めるまえに、まず「皇帝」とは何なのかについて解説していきましょう。
簡単に言ってしまうと、皇帝とは中国全土の支配者のことです。
もちろん現在は存在していません。最後の皇帝は清王朝の流れをくむ愛新覚羅溥儀でした。溥儀をテーマにした映画『ラストエンペラー』でも知られていますね。
では、一番最初の皇帝をご存じでしょうか。
そう、秦の始皇帝ですね。漫画『キングダム』ですっかりおなじみになりました。映画化もされましたね。
秦が中国全土を統一したとき、はじめて皇帝という称号が使われたのです。
それまでは支配者には王という称号が使われていました。そんな各地にいつ王たちを統率する、つまり王よりもさらに偉い存在ということで皇帝という呼称が考えだされました。
皇帝の由来は、三皇五帝からきています。
三皇五帝は、中国の神話・伝説に登場する8人の偉大な帝王のことで、理想の君主と考えられていました。
中国には中華思想というものがあります。
文明の中心は中国にあるという考えで、そのトップに君臨するのが皇帝です。中華思想では、中国の周辺国は野蛮なものであると考えます。皇帝が、その野蛮な周辺国の代表者に対して国王として認めてやるということをしていました。
江戸時代に博多湾の志賀島で農夫によって金印が偶然発見されました。これも古代中国の漢の皇帝から送られたもので、そこには「漢委奴国王」の印が彫られていました。
皇帝から、倭(族)の奴国の王として認められたことを証明するものです。このように、中国の周辺国は中国皇帝によって王として認定してもらうことで箔を付けていたのです。ちなみに『魏志倭人伝』に登場する卑弥呼は「親魏倭王」の金印を送られたのですが、まだこの金印は発見されていません。
他には、中央アジアのクシャーナ朝にも「親魏大月氏王 」という金印が送られています。
このように、王とは周辺地域の支配者にすぎず、中国皇帝の外臣のようなもので、格でいえば皇帝とは比べものにならないほど下に位置する存在だったのです。
周辺国は強大権力を持つ中国皇帝に、頭を下げて王として認定してもらっていたのです。
卑弥呼の例でもわかるように、日本も中国皇帝に認定された王が統治していました。古代中国の歴史書には日本から(皇帝に認められた)王たちが何度も朝貢(貢ぎ物を送る)に来た事実が記録されています。
天皇はかつて大王と呼ばれていました。天皇も古くは王だったのです。それが天皇へと変わっていきます。
大王はなぜ天皇に変わっていったのでしょうか。
天皇の誕生
日本で初めて「天皇」を自称したのは第40代天武天皇だと考えられています。
天武天皇の時代に、『古事記』や『日本書紀』の編纂がはじまり、律令制が整えられ、中央集権国家として名実ともに船出することになりました。
そもそも天皇の語源は何なのでしょうか。
一説によると、
古代中国で、神格化された北辰(北極星)を天皇大帝といいますが、日本の天皇はここからとられたのだと考えられています。
天にあって動かない北辰(北極星)は宇宙の中心と考えられていました。
天皇というのは日本独自の元首を表わす言葉で、神の子孫であることを意味し、中国の皇帝と対等の地位であることを宣言する呼称でもある、と説明しました。
まさに天武天皇の時代に、中国の属国ではない、完全な独立国としてスタートを切ったといえます。
じつはその礎を築いた人物がいます。
それが聖徳太子です。
聖徳太子は隋の皇帝煬帝に、
「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無きや、云々 」
という書き出しの国書を送りました。
これを受けとった煬帝は激怒したそうです。
この国書を持って行ったのが遣隋使の小野妹子でした。
なぜ煬帝が怒ったのか。いくつか要因がありますが、一番煬帝を怒らせたのは「天子」という言葉が使われていたからです。
皇帝は世界でたった一人の存在です。にもかかわらず倭国(日本)にも天子(つまり皇帝と同じような存在)がいると書かれていたのです。煬帝が怒るのも無理はありません。「致す」や「恙無きや」という言葉も目上の者に使うと失礼にあたる表現です。辺境の弱小国がそんな失礼なことを堂々とするなんて、前代未聞です。
しかし聖徳太子は失礼を承知であえてそのような国書を送ったのです。
なぜ聖徳太子は中国を敵に回すかもしれない危険を冒してまでこんなことをしたのでしょうか。
残念ながら真実はわかりません。しかし推測はできます。
理由の一つは、日本列島の地理にあります。
日本は中国大陸や朝鮮半島から海で隔たれていて、簡単に攻め入ることができません。鎌倉時代に中国の元が攻めてきましたが、当時の幕府は元の大群を2度にわたって撃退しました。神風が吹いたとも言われていますが、この撃退劇も海で隔たれていたからできたことでした。もし朝鮮半島のように中国と陸続きなら元の騎馬隊に攻め入られ、ひとたまりもなかったことでしょう。朝鮮半島にあった王朝のように、中国に支配されていたはずです。しかし日本は海に囲まれて安全性が高い国だったのです。
そういった環境にあって、徐々に我々は中国の属国ではない、というプライドが生まれてきたのでしょうか。
とにかく、この聖徳太子の行動が、その後の日本史にとてつもなく大きな影響を与えたのです。
朝鮮半島の王朝も国王でしたし、琉球も国王、ベトナムにも中国に認められた王国がありました。すべて、中国の属国のようなものです。
とにかく聖徳太子の時代以降、日本には中国と対等でありたい、いや対等である、という認識が生まれました。そうなると、王という言葉は使うことができません。そこで考え出されたのは「天皇」という言葉だったのです。そして天皇と名乗ることで中国と対等であることを国内外に表明したのです。
そのときに重要な役割を果たしたのが「神話」でした。天皇は神の子孫であり、皇帝とも余裕で張り合える存在だということです。
天皇という言葉は日本独自のものですが、中国を意識して生まれたものだったのですね。
ちなみに「日本」という国号も中国を意識して考えられたものです。
日本は「ひのもと」とも読みます。
意味は「太陽が昇る国」。つまり聖徳太子が隋の煬帝に送った国書にある「日出る処」ですね。
地球は丸いですから、日が昇る場所だというには他に基準になる場所が必要です。それが中国です。中国より東側、太陽が昇る方向にある国、という意味が日本には秘められているのです。
こう考えると、古代の日本がいかに中国という国を意識し、そこから脱却しようとしていたのかよくわかりますね。
象徴天皇とはどういうことか
日本は、中国の影響を受けつつ、独自の文化を創っていくことになります。前方後円墳、大和言葉、ひらがな、カタカナ、神道……どれも日本独自のものです。
日本文化の中心にはいつも天皇がいました。
日本の歴史と天皇は切り離すことができません。
日本は1945年に戦争に敗れ、アメリカに占領されました。
天皇を廃止することも検討されました。
それでも天皇は廃絶されることなく残されたのです。
そして新たに作られた日本国憲法で天皇は、「日本国の象徴であり、国民統合の象徴」と表記されることになりました。
象徴とはなんなのでしょうか。
たとえば、考えてみて欲しいのです。
ユダヤ人という存在がいます。イスラエルに住んでいたらユダヤ人というわけでもありません、ユダヤ人という人種は存在しないのです。何がユダヤ人をユダヤ人たらしめているか。それはユダヤ教です。ユダヤ教を信奉する者がユダヤ人なのです。人種や民族、国籍も関係ありません。つまり、ユダヤ人にとってユダヤ教は象徴のようなものです。
また、ダライ・ラマ14世という人がいます。チベットのダライ・ラマ14世は中国の迫害から逃れ、インドのダラムサラに亡命政府を作りました。ダライ・ラマはチベットとチベット人の象徴でもあります。チベットは現在中国に吸収されていました。チベットは亡命政府というかたちになっていますが、チベットにいなくても、どこにいようがダライ・ラマという象徴のもとに集えばチベット人はチベット人たりえるのです。
これと同じように、もし日本国が滅んだとしても、天皇という日本の象徴が存在していれば、天皇のもとに集えばそこは日本であり、日本人は日本人たりえるのです。仮にチベットのように亡命政府ができたとしても、そこに象徴である天皇がいればそこは日本になるのです。
象徴というのは、このような存在なのです。
日本人と象徴天皇
日本人にとって、天皇とは居て当たり前の存在です。天皇がいることにあまり特別な感じはしません。
しかし、「天皇」という存在がいる国は世界に日本だた一つしかありません。
歴史的にみても非常に珍しく貴重な国に私たちは住んでいるのです。
歴史をろくに知ろうとせず、天皇を盲信するのはよくありません、またその逆にやみくもに天皇を否定するのもよくありません。
そんな態度でいても、日本人の間に分断を生み出すだけです。
事実として、日本という国は天皇とともに歩んできました。
天皇と歴史を考えると、またひと味違った日本人観が養われていくのではないでしょうか。