カミナリと雨と古代信仰

カミナリと雨と古代信仰

雨が降ると私たちは当たり前のように、「今日は天気が悪いなあ」などと言います。
雨=天気が悪い、というのは常識になっていますよね。

雨が降っていると出かけるのも億劫になります。そこに雷が加わればもう最悪。
しかし、それは現代人の感覚に他なりません。
古代人は雷雨にたいして全く違う感覚をもっていました。

今回は古代人が抱いていた雷や雨にたいする信仰をひもといていきましょう。

三種の神器の一つは、雨を降らせる霊力がある剣?

2019年5月1日に幕を開けた令和時代。新時代がはじまるこの日、東京は前日から雨が降っていました。
せっかく新時代の幕開けの日なのに雨なんて残念だな……そう思った人も多かったようですね。

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ちなみに平成も雨で幕開けました。
この時は昭和天皇の崩御に引き続いて平成を迎えましたので、喜びよりも悲しみの幕開けでした。まるで天も一緒に泣いているかのような雨だったのです。

令和初日のこの日、新天皇即位後初めての儀式である「剣璽(けんじ)等承継の儀」がおこなわれ、三種の神器が新天皇に継承されました。

三種の神器の一つである剣は「草薙(くさなぎの)剣」で、日本書紀では「天叢雲(あめのむらくもの)剣」とも呼ばれています。
なぜ「天叢雲剣」と呼ばれているかというと、その剣を持つと頭上に雨雲が現れるからだといわれています。

月岡芳年(素戔嗚尊出雲の簸川上に八頭蛇を退治したまふ図)

もともとは八岐大蛇のしっぽに入っていた剣で、八岐大蛇の頭上には常に雲が立ちこめていたと神話は伝えています。
やがて、英雄ヤマトタケルがこの剣を手にします。ヤマトタケルが草原で火攻めに遭ったとき、草をなぎ倒すことで危機を脱したことから、「草薙剣」と呼ばれるようになりました。

雲を呼び、雨を降らせる霊力を持った剣――
この聖なる剣は、天皇であることを証明する神器の一つとして即位の時には必ず登場するようになったのです。

三種の神器の由来や「天叢雲剣」について、詳しくは過去の記事「三種の神器は、どこから来たのか?」を参照ください。

三種の神器は、どこから来たのか?

雨は古代人にとって、恵みをもたらしてくれるものでした。
また水は、穢れを洗い流す禊ぎに必要なものです。
つまり、雨は古代人にとって、心身を浄化してくれるもの、そして命の糧を育んでくれるとても大切なものだったのです。
古代の人々は、そんな神聖な雨を求めて、雨乞いの儀式をしました。

雨というもの、そしてその雨を呼び寄せる霊力を古代人は必要としていたのです。

令和最初の日に起こった奇跡

令和元年の最初の日は、皇居の上に雨雲がたちこめていました。
不思議なことに「天叢雲剣」の伝説通りになったのです。面白い偶然?ですね。
そして儀式が終わるとともに、皇居の上空に青空がのぞいたのです。

雨だから残念とか、新時代の幕開けとしてふさわしくないということは全くありません。

古代愛好家は、新天皇の即位日に雨が降ったことに「すごい!」と感動するのです。これは良い幕開けのしるしだと。
あの日、私たちは日本神話に書かれていた奇跡をこの目で目撃したのです。

古代人がもっとも畏れたカミナリという圧倒的存在

現代人の私たちもカミナリを怖いとおもいます。
凄まじい音量。圧倒的な光。人間の力をはるかに超えた自然の脅威です。

雲の中で出来た氷の粒がこすれあって静電気が発生、それが放電することで起こるのが雷です。
古代人がカミナリがそのようなメカニズムで発生していることを知っていたはずはありません。
圧倒的な自然現象を前にしたとき、現代人以上に畏れを抱いたに違いないのです。

そう、古代人はカミナリに「神」を見たのです。

雷はなぜカミナリと呼ばれるようになったのか

雷の語源は「神」にあります。
雷(かみなり)は、もともと「神成り」や「神鳴り」と書かれていました。
カミナリは神が鳴らしているものと考えられていたからです。

稲作文化と密接に関わっているカミナリ

カミナリは「稲妻(いなづま)」とも呼ばれています。
これは稲が実を結ぶ旧暦の夏から秋にかけて、雷がよく発生するからです。
稲は天からカミナリが田んぼに落ちることで実る、と考えられるようになりました。
そこから、雷は稲の配偶者を表わす意味の「稲妻(いなづま)」と呼ばれるようになったのです。
事実、現代でも雷が多い年の方が豊作になるといわれています。

雷と稲妻は微妙に意味に違いがあるのですが、ご存知でしょうか?
「雷」は「神鳴り」が語源になっているように「音」
を意味しています。
かたや、「稲妻」のほうは「光」を意味します。

ちなみに「稲妻」ということは、稲の妻、つまりカミナリが妻稲が夫ということになりますよね。
ちょっと違和感がありませんか?
カミナリの方が男性的で夫っぽいような気がしますよね。
じつは「つま」を「妻」と書くようになったのは江戸時代からです。もともとは「つま」は「夫」と書いていました。「稲夫(いなづま)」と書かれていたのが、いつしか誤用され「稲妻」へと変化していったのです。

カミナリと日本神話

スサノオ

日本神話で八岐大蛇を退治したスサノオ(素戔男尊・すさのおのみこと)は武勇や暴風や冥界をつかさどる神とされています。
それだけではありません。スサノオは雷の神ともされているのです。
なぜスサノオは雷神とされているのでしょうか。

カミナリは「稲夫(いなづま)」と呼ばれており、「古来より稲は天から雷が落ちることで実る」と考えられていた、と説明しました。
雷が一度光ると稲が一寸伸びる雷鳴と稲光は稲を良く育てる、などと言われています。
稲の成長にとってカミナリは無くてはならない存在だと考えられていたのです。

稲のような穀物にも神はいます。それがウカノミタマという神様です。このウカノミタマの父神がスサノオなのです。
ウカノミタマの産みの親がスサノオ。つまり穀物を産み育てる雷神とスサノオが同一視されたのです。

神とカミナリと瑞穂の国

「神」という漢字は【示】偏+【申】に分解できます。
【示】は神への儀式をおこなう祭壇を表わした文字ですが、【申】にはどのような意味があるかご存知でしょうか。
じつは【申】は稲光が地上に落ちてくる様子を表わしています。

【申】のもとになった、いなびかりの象形

古代の人々はカミナリを畏れ、崇めました。
古代人は雷鳴や稲光を神からのお告げだと考えたのです。
「申す」とは「神のお告げ」を意味します

日本のことを「瑞穂の国」とも呼びます。
瑞穂とは「みずみずしい稲の穂」を意味します。瑞穂の国とは「みずみずしい稲の穂がたくさん実る豊かな国」ということです。
国に豊かさをもたらしてくれる稲穂。その稲穂を育ててくれるのが「雷」=「神」なのです。

稲作と雷と神がどのような関係にあるのかよくわかりますね。

神道に根付いたカミナリ信仰

神社で神主さんが白い紙が付いた棒を振ってお祓いしている光景を見たことがある人も多いとおもいます。
あの独特な棒は「大麻(おおぬさ・大幣とも書く)」と呼ばれています。
大麻は榊の枝や白木の棒に紙垂(しで)麻苧(あさお)を垂らしたものです。

紙垂と麻苧がついた大麻

紙垂は稲光を表わし、麻苧は雨を表わしていると言われています。

紙垂はギザギザになるようにおられた紙です。

紙垂(しで)

 

麻苧は麻を原料に作られた紐です。

麻苧(あさお・神棚の西口神具店HPより)

神社の境内にしめ縄から紙垂と麻苧が垂れ下がったものもよく見かけますが、この場合は紙垂と麻苧は同じく稲光と雨を表わし、しめ縄が雲をあらわしています。

雲と稲光と雨(さざれ石にまかれたしめ縄)

古代人が雨やカミナリなどの自然現象に畏怖を抱き、それが信仰の形として神道にも受け継がれていったのです。

狂言『神鳴(かみなり)』に描かれた神の姿

カミナリと神の関係は神話だけでなく様々な昔話などでも語られています。
最後に、そんな物語を一つ紹介して今記事を終わりにしましょう。

狂言に『神鳴(かみなり)』という曲があります。
狂言は庶民の日常や人間の滑稽さを題材にした喜劇です。
『神鳴』……流派によって多少の違いはありますが、どのような物語がざっと説明すると、

都から東国に向かっていた藪医者の目の前に天から雷様が落ちてきます。
雲間から足を踏み外し地面に落ちてしまった雷様は、腰を強打してうめいています。
突然の出来事に驚く藪医者。かたや、目の前に居る男が医者だと知った雷様は痛めた腰を治療するように命じます。
最初は「私なんかが滅相もない」と雷様の頼みを断っていた藪医者ですが、ついには治療を引き受けました。
藪医者は大きな槌を使って、これまた大きな鍼を雷様の腰に深く打ち込みます。
あまりの痛さに騒ぎ立てる雷様でしたが、その治療が終わると、腰の痛みだけでなくなんと持病も全て治ってしまいます。
満足げに天に帰ろうとする雷様を藪医者は引き留め、治療費を要求します。
しかし雷様にはお金の持ち合わせはありません。
雷様は、数百年にわたって五穀豊穣のためにほどよい雨を降らせることを約束して天に帰って行きました。

これもカミナリが五穀豊穣をもたらしてくれるものであるという信仰が込められている物語です。

古代人にとって、雨やカミナリは単なる自然現象ではありませんでした。
そこには神からのお告げがあり、儀式を通して古代人は神と対話していたのです。
神は時に厳しく、時に優しく……自然は人間と共にあったのです。
人間の命を奪ったり、生命の糧を与えてくれたり……。
もちろん風や木々のざわめきからも古代人は神からのメッセージを聞いていたのでしょう。

古代人の自然現象にたいする畏怖の念は、現代人のものとは全く違います。
古代人がいかに自然の中に神を見いだし、どのように自然と共存していたのか……想像してみるだけでも、古代をぐっと身近に感じることができるのです。

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